本国では全然売れないのに日本では爆発的に人気…という映画や小説があります。その典型が1971年公開のイギリス映画「小さな恋のメロディ」(原題:Melody)。日本人のメンタリティにあうからなのか、昔から不思議でなりません(2024.8.30)
【追記】末尾にサントラ盤のライナーノーツから加筆しました(2024.9.5)
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本国イギリスでは酷評…
この映画が最初にDVD化されたのは日本で、2004年のことです。1976年に地上波で放送した吹き替え版も映像特典でついているというもので、DVDの背表紙にはこう書いてあります。
1971年の初公開以来、幾度となく劇場リバイバルやTV放映され、その度に新鮮な輝きで新たな世代を虜にしている世界一ピュアなラヴ・ストーリー。この作品に出会うことのできた多くの観客にとって、「小さな恋のメロディ」は、かけがえのない、特別な想いの込められた宝物のような存在になっている。
トレイシー・ハイドのあどけなく瑞々しい笑顔、金髪が愛らしいマーク・レスターの初々しさ。さらに永遠に忘れられないシーンの数々……金魚鉢を持ってメロディが歩くロンドンの街並み、バレエのレッスン、若葉のきれいな墓地、授業を抜け出して遊んだ海岸、そして、2人を乗せたトロッコ……。そのすべてが、ビー・ジーズやCSN&Yの旋律とともに、脳裏に刻まれて離れない。
2004年に日本で発売されたDVD
でも、こんなにヒットした日本の現象はかなりの例外で、本国のイギリスでもアメリカでも鳴かず飛ばずの映画だったそうです。
アメリカでの公開は英国公開に先立つが、ヒットにはならなかった。イギリスでは散々叩かれた。本作を日本に輸入した日本ヘラルドの原正人は「『小さな恋のメロディ』はイギリスでは劇場公開されず、テレビのみで放映された」と述べている (ウィキペディアより)
何とも不思議です。
「せつない」のツボを押す?
わたしは1971年公開時に(まだ小学生のため親同伴で)映画館で観て、そこからビー・ジーズやCSN&Yのレコードを買うようになり、ビー・ジーズは74年来日時に東京・中野サンプラザに観に行きました。
ビー・ジーズは「サタディ・ナイト・フィーバー」(1977年)が大ヒットする前で、人気はそれほどでもない時代です。にもかかわらず、72年、73年、74年と毎年来日したのは「小さな恋のメロディ」人気があったからでしょう(ウィキペディアによると、「小さな恋のメロディ」のサントラ盤が発売されているのは日本、香港、アルゼンチンだけだそうです)
「小さな恋のメロディ」には、日本人のツボにはまる何かがあるのでしょうか。
そんなことを思うのは、ずいぶん以前のことですが、クール・ジャパンの普及に努めていた櫻井孝昌さん(『アニメ文化外交』『世界カワイイ革命』などの著者)と話す機会があって、櫻井さんがこう言っていたことを思い出すからです。

「せつない」という単語ですけど、英語では一言で表現できないんですよね。だから、「kawaii」の次は「setsunai」を流行らせたいと思ってるんですよ
確かに……。sad(悲しい)でもないし、bitter-sweet(ほろ苦い)でもないし……と、わたしも適切な単語が思い浮かびません。
櫻井さんは当時、新海誠監督の「秒速5センチメートル」を海外(確かサウジアラビア)で上映した時の熱狂的な反応に意を強くして「setsunaiを世界語にしたいんですよ」と熱っぽく語っていたのが印象的でした(2015年に49歳の若さで亡くなられてしまったので、とても残念です)

日本人のツボーー「せつない」を、「小さな恋のメロディ」は押すからなのかな…
せつない場面を挙げろと言われたら、次々と思い浮かびます。
例えば、友人たちにからかわれて雨の墓地でふたり寄り添うシーン。サントラ盤の表紙にもなっていますが、誰にもわかってもらえないふたりの気持ちをとてもよく表しています。
あるいは、メロディが家族に打ち明けるシーン。大好きな父親にも大人になるまで待つように諭され、「そんなに待てないの、でも幸せになりたいって願ってることがどうしてそれほどむずかしいの?」と泣くシーンは、メロディの気持ちもせつないですが、日頃はパブでほろ酔いで人柄のよさそうな父親の表情と言ったらもう……。
ダニエルの親友トム(ジャック・ワイルド)の存在も忘れてなりません。
最後にふたりの結婚式を取り仕切って祝福しますが、ダニエルがどんどんメロディに惹かれ、自分のもとを去っていく場面は、立場を変えればせつなさが溢れかえります。
似たケースにヤングのSF
「小さな恋のメロディ」と同じように、「どうして日本ではこんなに人気なのに、本国では忘れられてるんだろう」というケースがあります。アメリカのSF作家ロバート・F・ヤング(1915ー1986)です。
ヤングの作品も「たんぽぽ娘」をはじめとして、「せつない」という日本人のツボにはまる作品が多いからではないか…と思います。
「ジョナサンと宇宙クジラ」(ハヤカワ文庫SF)で解説を書かれている作家の久美沙織さんはこう書いています。
もしもほんとうにタイムマシンがあったなら、いまの日本に連れてきてあげたいと思う。
彼が知らない(知ろうともしなかった?)国に、彼を愛するようになったひとたちがこれほどおおぜいいることを……その作品が大切にされ、宝物のように語りつがれ、数々のこだまを響かせて、いまなお、多くの若者たちや魂の若いものたちを愉しませているのだということを……実感させてあげられたらいいのになぁ、と、とてもそう思う。
犬好きにはたまらない…泣けるSF短編「リトル・ドッグ・ゴーン」

ロバート・F・ヤングに関する過去記事はこちらをごらんください
おとといは兎をみたわ。きのうは鹿、今日はあなた:「たんぽぽ娘」
犬好きにはたまらない…泣けるSF短編「リトル・ドッグ・ゴーン」
愛に渇き、倦怠に沈むあなたに贈る:「ジョナサンと宇宙クジラ」
ヤングに比べれば「小さな恋のメロディ」はまだ幸せです。
日本では2022年に映画公開50周年を記念して、主役のマーク・レスターとトレイシー・ハイドを日本に招いて、映画上映会&トークショーを開催しています。ヤングと違って、映画に関わった監督や俳優は、少なくとも日本ではとても愛されている作品だと知ることができているのですから……。
「次の世代に期待をつなぐ」
ストーリーは、日本では知っている人が多いでしょうから、ハヤカワ文庫NVから出ている「小さな恋のメロディ」(初版は1974年)からところどころ紹介しましょう。

文庫の解説(筆者は訳者の桐山洋一氏)によると、
この物語は架空のお話ではなく、映画の製作者であるデーヴィッド・パットナムの自伝なのだそうです。彼は映画化に踏みきった動機を次のように説明しています。
「世のなかはもうメチャクチャだ。ぼくたちがこの世界を救うには遅すぎる。次の世代に期待をつなぐしか他に道は残されていない。そういう意味で、ぼくはこの映画を作りたかった」
のだそうです。
「自伝」と言われると、デヴィッド・パットナムはトロッコで幼い恋人と駆け落ちしたの?と疑問に思いますが、おそらくそうではなく、時代への抵抗という自身の気持ちをストーリーに込めた…ということでしょう。
マーク・レスター演じるダニエルが、トレイシー・ハイド演じるメロディとともに学校を休んでブライトンの遊園地と海辺で一日を過ごし、翌日、校長室に呼び出されます。ふたりが一番重要と思うことを「結婚」と答え、ジョークと受け止めた校長に向かってダニエルは顔を怒らせます。
先生はつい最近の講義でおっしゃった、ぼくはその一言一句をはっきりと記憶していますーー諸君! いまこそ目覚める時だ! 目覚めた目で、いま自分の前に、うしろに、横に、何があるかを知るべきだ……狂気か? 偽善か? さもなくば憎しみか? それとも愛か? わたしは愛であってほしいと願う!ーー先生はこうしみじみとおっしゃたじゃありませんか。そして最後の質問のとき、ぼくは先生に男と女の愛についておたずねしました、『これも先生のいわれる愛のなかに入るのでしょうか?』って。ぼくはあの時の先生の言葉を忘れていません! 絶対に忘れたくないんです。ーーもちろんだともラティマー君、愛は果てしなく大きいものだ。心と心のふれ合いはすべて、これ、愛の言葉で包括されよう。友情、先生と君たちとの師弟愛、親と子の愛、男と女の異性愛……もしこの世に、男と女の愛がなければ、この五月の太陽の明るさも、たちまち地獄の闇と化そう。それほど重要なものなのだ……とね。ぼくもその通りだと思います。それを先生はなぜジョークだなんて、よくもそんなことが言えたものです!
そして高架鉄道下の倉庫でのダニエルとメロディの結婚式となります。
これは小さな戦争だった。多くの人が傷つくにちがいない。さしあたってまず、ぼくたちのママやパパだろう。校長先生も無傷ではすまされまい。しかし、戦わねばならぬ戦争なのだ。だからといってぼくたちは、そのための武器はいらない。ただ小さな書き置きだけだーー「さようなら」と書きさえすれば、それで充分だった。
製作者のデヴィッド・パットナムの意識としては、1960年代後半からのカウンターカルチャーの流れを組みながら、それを少年と少女の純愛という形で問おうとした作品だったのでしょう。
でも、本国ではキャンディのような甘ったるさが受け入れられず、日本では、カウンターカルチャーの部分はあまり気にされず、ただ純愛部分だけが日本人のツボ(せつない)を押したのかな……などと思ったりもしますが、正直なところよくわかりません。
まあ、小難しいことは考えずに「いいものはいい」「好きなものは好きでいい」という気がします。
映画を彩る名曲の数々
最後に、「小さな恋のメロディ」で重要な位置を占めるビー・ジーズとCSN&Yの音楽について、映画の場面とスポティファイのサンプルをつけておきます。
映画の冒頭、ロンドンの朝焼けに合わせて流れる「イン・ザ・モーニング」
メロディが金魚鉢を片手にロンドンの街中を歩いてパブにいる父のところへ向かうシーンで流れる「メロディ・フェア」
ダニエルがメロディのことを想って走る運動会のシーンで流れる「ラブ・サムバディ」
ダニエルとメロディのはじめてのデートーー墓地のシーンで流れる「若葉のころ」
倉庫で挙げたふたりの結婚式の後、トロッコに乗ってどこまでも進んでいくラストの「ティーチ・ユア・チルドレン」
こうやって聴き返しても、「小さな恋のメロディ」は名曲揃いの映画です。
サントラ盤のライナーノーツ(筆者は三宅真一郎氏)に、映画製作者のデヴィッド・パットナムが「私は音楽映画を作る」と言っていたことを記しています。
私は音楽映画を作る。なぜなら、音楽こそ世界の共通語だからだ。音楽によるコミュニケーションによって、愛と平和の世界を作る。
この言葉どおり、ビー・ジーズとCSN&Yの音楽はとても心に響きます。
懐かしくも、せつない……。そんな気持ちに浸りたいときにお勧めです。
(しみずのぼる)
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