穂積さんの連作漫画『うせもの宿』は、現世に未練を残して亡くなった死者たちが訪れる不思議な宿を舞台にした物語です。案内人の少年と女将が迎えるその宿では、迷い人が「失くしたもの」を探す過程で、それぞれの人生や秘められた想いが静かに紐解かれていきます。本記事では、本作が持つせつなくも温かい世界観と、心に深く染み入るエピソードの見どころを詳しくご紹介します。(2024.8.26)
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名作『式の前日』の著者・穂積が描く世界
『うせもの宿』は、以前紹介した『式の前日』で漫画家デビューした穂積さんの作品で、『式の前日』がブクログ大賞(マンガ部門)に輝いた翌年の2014年から2015年にかけて月刊フラワーズに連載。小学館から単行本(全3巻)として発売されました。
1巻のあらすじを紹介しましょう。

少女のような女将さんがいる古い宿。そこを訪れる客は、失くしたものが必ず見つかるという。不思議に満ちた「失せもの宿」で起こる数々のドラマ、そして秘められた謎とは――。
失くした遺品が紐解く死者たちの未練
宿に客を連れてくるのは、いつも「マツウラ」と名乗る男。門のところまで案内し、番頭の老女に客を引き渡すところまで。客はマツウラから「探し物が必ず見つかる」と言われて宿に誘われるが、客自身は失くしたものが何なのか憶えていない……。 そんな客の様子をみて、まるで少女のような女将がつぶやく。
マツウラめ…
また面倒な客を連れてきおって…
1話ずつ独立していて、訪れる客が女将の助けで失くしたものを探し当てるところで終わります。
第1話は、仕事人間で家庭を顧みなかった男が、家を出ていった妻との結婚指輪を見つけるまで。第2話は、家を出ていった母親が作ってくれた猫のぬいぐるみを見つけて泣く男の子……。
………ぼくね
ねこアレルギーっていうのなんだって
でもね ねこだいすきで
さわってみたくて
ぎゅっとしてみたくて…そしたらママが
このぬいぐるみつくってくれたの…でも
いまいっしょにすんでるおばあちゃんが
おこってすてちゃって…なんでだろうね
おかしいよね…?
…だって…
ママがぼくのためにつくってくれたんだよ?
そして第3話で、宿を訪れる客はみな、生前に未練を残した死者たちだとわかります。
訪れた死者たちの失くしたものを女将の助けで見つけるストーリーなのですから、それはもうせつなさ溢れるのは当然です。
せつなさと救いをもたらす真の幸福の形
ところが、ストーリーが進んで2巻に入るあたりから、宿を切り盛りする従業員たちもまた死者であることが明らかになります。
失くしたものが見つからず、この世とあの世のはざまに在る宿にとどまる死者たち……。しかし、彼らもまた、女将の助けで亡くしたものを見つけ、宿を去っていく……。
従業員のひとり、お軽さんを前に、女将は言います。
この宿での暮らしは
安寧としたものだ
…穏やかに流れる時間も
変化する季節を眺めるのも
宿の人間の賑やかさも悪くない人の失せ物さがしに手を貸すのも
辛いと思ったことはない
元々がただの気晴らしだーーそれに
どんなに穏やかであろうと
この宿に長く留まることは
決して「幸福」ではないと
私は知っている
そして、女将の過去ーー女将がなぜ生前の記憶を失って宿の女将となっているのか、マツウラとは生前どんな関係だったのかーーが明かされるのが第3巻となります。

もともと『式の前日』のような優れた短編の描き手ですから、このような連作短編集のスタイルは合っているのでしょう。とてもストーリーの進め方が上手です。
日常に疲れて、心洗われる気持ちになりたい……。そんな人にオススメしたい漫画です。
(しみずのぼる)
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