ショートショートの神様・星新一には「ボッコちゃん」「おーい でてこい」以外にも、記憶に残る名作や傑作が数多くあります。その”証拠”がアンソロジー所収作品の多さです。家の本棚で探してみたら、ゾロゾロ出てきました(2024.8.16)
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私の記憶に強く残るのは、恐怖小説アンソロジーの傑作、筒井康隆編「異形の白昼」(現在はちくま文庫)の巻頭を飾る「さまよう犬」です。
はじめて読んだ時は「なんでこれが恐怖小説なの?」って思ったもんだよなあ…
などと述懐しながら本棚を眺めていたら、いろんなアンソロジーに星新一のショートショートが載っていました。自分の手元にある文庫・新書のアンソロジーだけでも(見落としがあるかもしれませんが)ざっとこんな感じです(アンソロジーの出版順=一部はあとがき記載の年)
- さまよう犬 筒井康隆編「異形の白昼」(現在はちくま文庫、1969年)
- 暑さ 吉行淳之助編「奇妙な味の小説」(中公文庫、1970年)
- はだかの部屋 筒井康隆編「12のアップルパイ」(集英社文庫、1970年)
- 死体ばんざい 豊田有恒編「ユーモアSF傑作選」(集英社コバルト文庫、1977年)
- キューピッド 豊田有恒編「ロマンチックSF傑作選」(集英社コバルト文庫、1977年)
- 背中のやつ 豊田有恒編「ホラーSF傑作選」(集英社コバルト文庫、1978年)
- 週末の日 筒井康隆編「実験小説名作選」(集英社文庫、1980年)
- 友を失った夜 眉村卓選「幻覚のメロディ」(集英社文庫、1981年)
- あれ 阿刀田高編「日本幻想小説傑作集II」(白水社、1985年)
- 不眠症 筒井康隆編「いかにして眠るか」(光文社文庫、1988年)
- 夢と対策 「占いミステリー傑作選」(河出文庫、1989年)
- あーん、あーん 今江祥智・山下明生編「現代童話III」(福武文庫、1991年)
- 門のある家 紀田順一郎・東雅夫編「日本怪奇小説傑作集3」(創元推理文庫、2005年)
- 門のある家 「きみが見つける物語・放課後篇」(角川文庫、2008年)
- 時の渦 大森望編「不思議の扉 時間がいっぱい」(角川文庫、2010年)
単行本まで広げるともう収拾がつきません。松田哲夫氏の「中学生までに読んでおきたい日本文学」シリーズ(あすなろ書房)だけでも3作品みつけました…。
わたしの手元にあるだけでこんなにあるのですから、もっともっとたくさん載っていることでしょう。
ジャンルが多彩で驚く
最初に驚くのは、重複は「門のある家」ひとつだけという点です(「門のある家」は「ごたごた気流」(角川文庫)所収)
2番目に驚くのは、ホラー、幻想、ミステリー、ロマンチック、童話、青春もの…とジャンルが多彩なこと。星新一という人は、どれだけ「名作」「傑作」があるんだ!? という気持ちになります。
でも、タイトルだけ見て「ああ、あれね!」「そうそう、傑作だよね」と膝を打った人はどれだけいるでしょうか。わたしは恥ずかしながら、ほとんどの作品のあらすじやオチを思い出すことができませんでした。
手元にある本だから、必ず読んでいるはずなのに…
ちょっと恥ずかしくもあり、悔しくもありますが、もう一度、星新一を”再発見”できると思おうと思います。
ぜんぶを紹介するわけにいきませんので、独断と偏見で3つ選んで紹介します。
「暑さ」
最初に紹介するのは、星新一とは銀座のバーでよく席をともにしたという吉行淳之助氏が編纂した「奇妙な味の小説」所収の「暑さ」です(ちょうど猛暑のいまにぴったりです)
男がひとり交番を訪れ「わたしを逮捕してください」と頼む。何をしたのか巡査が訊ねると、まだなにもしていないと。でも「いまにも、自分がなにかをしそうなのです」
巡査が何もしないうちは逮捕できないと言うと、
「ちょうど一年前の、こんな暑い日。わたしは殺したんんです……」
「え。なぜ、それを早く言わない。だれを殺したんだ」
「サルです。わたしの飼っていたサルを」
男は子供のころから「暑いのがいや」で「頭が狂いそうになる」が、それを克服したのは「はけ口を見つけた」からだという。アリを踏み潰したら、「その夏はそれからすがすがしい気分ですごせました」
しかし翌年はアリをつぶしても夏の暑さを克服できず、「カナブンをつぶしたら」解決し、次の年は「すこしコツがわかってきた」ので、あらかじめカブトムシを飼ったという。
「こうして、わたしの頭は狂うことなく、いまにいたっているのです。おととしの夏は犬を殺しました」
そして、1年前はサル……なのだから、オチはもうわかりますよね。
「暑さ」というタイトルではまったく思い出せませんでしたが、1年前にサルを殺したというくだりで思い出しました。「暑さ」は「ようこそ地球さん」(新潮文庫)に入っています。
「さまよう犬」
2つめは、筒井康隆氏の傑作アンソロジー「異形の白昼」から「さまよう犬」ですが、これは非常に短い(ページ数にして2ページと1行)うえに、少しでも書くと面白味が失われそうなので、選者である筒井氏のコメントのみの紹介にとどめます。
『女性自身』という週刊誌はご存じだろう。あの巻末に毎号、イラスト・ショート・ショートが載る。カラー・イラストを作家に見せ、その絵にあったショート・ショートを書かせるという趣向なのだが、作家にとって、これほど難しい注文はない。原稿用紙一、二枚のショート・ショートを書くというだけでも、いい加減むずかしい。さらに話を絵にあわせるのだから制約が2つあるわけだ。ぼくも二度ばかり書いたが、ろくな話はできなかった。
(略)
「さまよう犬」が載った時にはあっと叫んだ。さまよっている犬の絵がなくても通用するというだけではなかった。星氏の作品の中でも一級の出来ばえだったのである。とたんに自分のやっつけ仕事がはずかしくなったことを、白状しなければならない。
筒井氏は「一字一句無駄もない傑作である」という文章で結んでいます。「さまよう犬」は「妄想銀行」(新潮文庫)に入っています。
なお、「異形の白昼」は過去に何度か文章にしましたが、紹介した以外に屈指のショートショートが載っています。吉行淳之介氏の「追跡者」です(ページ数にして1ページと5行)
「異形の白昼」はちくま文庫から再刊されているので、ぜひ手に取って「さまよう犬」とともに読んでみてください。
「箱」
最後は、先述のアンソロジーからではなく、漫画のアンソロジー「コミック星新一 ショートショート招待席」(秋田文庫、2008年)から。
SFミステリーの天才・星新一の名作をコミック化!! あなたを未来の世界にいざなう11のショートショート。
●収録作品・作画者●
「空への門」 鬼頭莫宏
「ボッコちゃん」 JUN
「冬の蝶」 阿部潤
「宿命」 川口まどか
「午後の恐竜」 白井裕子
「処刑」 阿部潤
「天使考」 木々
「夜の事件」 小田ひで次
「生活維持省」 志村貴子
「ゆきとどいた生活」 鈴木志保
「箱」 小田ひで次
志村貴子さんの「生活維持省」や白井裕子さんの「午後の恐竜」も捨てがたいのですが、どちらも有名な作品なので(わたしが原作で未読だった)小田ひで次さんの「箱」を紹介します。星新一の原作は「おせっかいな神々」(新潮文庫)所収です。
あれはいつごろだっただろう
幼い私が高熱にうなされているフと気がつくと枕元に誰かが立っている
キラキラ輝くやわらかそうな金髪の少年だった
少年は「これを君に贈るよ……」と言って、銀でできたような綺麗な箱を少女に渡した。
この箱はね 魔法の箱なんだ
君が困ってどうしようもなくなった時に
この箱を開ければ
なんでも望みどおりになるんだよ
でもその力を使えるのは
一回だけだからね
少年は箱を開けてみたら?と促すが、少女は
ダメだよ!
試したら一回だから終わりだよ!
そう言って、高熱がさめてからも、何度も手にとっては「たった一度の大事なことのために使おう」と、開けないまま結婚し、子供を育て、年老いて…という話です。
読んだ時、星新一の有名な作品のひとつ「鍵」を思い出しました(「鍵」は「妄想銀行」(新潮文庫)所収です)
道端で拾った鍵が気になり、いろいろと試して鍵穴に入れては、鍵が開く扉を探す男の話で、捜し歩いても見つからず年老いて…という話です。
「鍵」は、最相葉月さんのノンフィクション「星新一 一〇〇一話をつくった人」(新潮社)にも出てきます。
取材を進めるなかで、晩年かぶっていた英国紳士風の帽子に鍵が縫い付けてあったという複数の証言を得ていたのである。銀座のバーのママがそれに気づいて新一に訊ねたところ、地下鉄のホームで行き倒れになっても自分には家があることを証明するため、などと笑って説明したのだという。
その話を聞いたとき、私はすぐさま新一の、「鍵」というショートショートを思い出した。
最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」(新潮社)より
(略)
クローゼットから新一がかぶっていた帽子をいくつか取りだした。(略)夏用のベージュ色の帽子を手にしたとき、はっとした。帽子の裏側に小さな銅色の鍵のアクセサリーが縫いつけられている。
NHKの短編ドラマが放送
星新一のショートショートにインスパイアされたのは漫画家だけではありません。NHKが今月26日から地上波(NHK総合)で実写ドラマを連続放映するそうです。
星新一の珠玉の名作を映像化した「星新一の不思議な不思議な短編ドラマ」が「夜ドラ」に戻ってきます!1回15分(一部作品は前編・後編あり)で完結という見やすく楽しい短編ドラマながら、人類への警鐘に満ち、ドキッとさせる本シリーズをどうぞお楽しみください。
2024年8月26日(月)~9月19日(木) 毎週月~木 よる10:45~11:008月26日(月)『ボッコちゃん』水原希子
8月27日(火)『生活維持省』永山瑛太
8月28日(水)『地球から来た男』高良健吾
8月29日(木)『不眠症』林遣都9月2日(月)・3(火)『善良な市民同盟 前・後編』北山宏光、玉城ティナ、麿赤兒
9月4日(水)『見失った表情』石橋静河
9月5日(木)『薄暗い星で』染谷将太、栗原類9月9(月)『白い服の男』滝藤賢一、村上虹郎
9月10日(火)『ものぐさ太郎』荒川良々
9月11日(水)『窓 』奈緒、リリー・フランキー
9月12日(木)『ずれ』若葉竜也9月16日(月)『鍵』玉山鉄二
NHK「星新一の名作シリーズがこの夏「夜ドラ」に!『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』」より
9月17日(火)『買収に応じます』田中直樹、加藤諒
9月18日(水)・19(木)『処刑 前・後編』窪塚洋介
お、「生活維持省」や「鍵」があるぞ!
こうやってみると、星新一はほんとに代表作の多い作家だなあ…と改めて感じます。
でもまずは、本棚から引っ張りだしたアンソロジー所収の星新一作品を再読します!
(しみずのぼる)
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