和食、送別会、風呂敷、曲げわっぱ…「再発見」の連続でした

和食、送別会、風呂敷、曲げわっぱ…「再発見」の連続でした

駐日ジョージア大使ティムラズ・レジャバさんの新刊「日本再発見」(星海社新書)を読みました。帯に「日本にはこんなに多くの美点が眠っているのに、他ならぬ日本人がその価値を見過ごしている!」とあります。この宣伝文句の通りの内容で、わたしも「再発見」の連続でした(2024.5.5) 

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駐日ジョージア大使の新刊

ジョージアは、日本人には馴染みの薄い国です。旧ソ連時代はグルジアの名前で、わたしも恥ずかしながらスターリンの出身地という程度の知識しかありませんでした。 

そのジョージア出身のティムラズ・レジャバ大使は、父親が広島大学大学院に留学したのを機に小中高大と日本の学校に通い、早稲田大学卒業後はキッコーマンに入社。その後ジョージアに戻り、2019年に駐日大使に就任。ジョージア人の妻と、3人の子どもを連れて再び日本生活となった…という方です。

日本で過ごした年数の長さから日本人と同レベル、否、同レベル以上に日本の暮らしや伝統、習慣に精通していると同時に、外国人として日本人が気づかない日本の「美点」や「価値」に着目できるのでしょう。帯に偽りなしの内容でした。 

お寿司、天ぷら…共通点は

いくつか紹介しましょう。最初は和食について。レジャバ大使はこう投げかけます。 

「和食」と言って外国人がすぐに連想するものといえばお寿司や天ぷら、焼き鳥や焼き肉などですが、実はこれらの料理には共通点があります。 

それはいったい何でしょうか?

同書ではすぐに答えが書いてあるのですが、立ち止まって考えてみましょう。 

寿司と天ぷらというと、エビやイカなど共通する食材はあるものの、違う食材のほうが多いでしょう。両者は高級そうなお店もあるな…と思いますが、焼き鳥や焼き肉は大衆的なお店が圧倒的です。共通項は思い浮かびません。 

答えは「同じ調理方法で素材の違いを楽しむ」ということです。天ぷらであれば「食材を表に包んで揚げる」という料理の仕方は同じですが、食材による味の違いを楽しみます。お寿司も「シャリの上にネタが載る」という基本的なフォーマットがあり、ネタの違いを味わいます。焼き鳥や焼き肉も、同じ焼き台や網の上で違う部位の肉を焼く。こういったスタイルが日本人は好きなのだと思います。 

たとえばフレンチやイタリアンのコース料理では、前菜のサラダとメインディッシュの肉や魚料理では、食材だけでなく調理方法からして違います。ボンゴレのパスタを食べた人が次にアラビアータのパスタをさらに食べ、シメにクリームソースのパスタを食べたなどという振る舞いは、普通はしないわけです。 
(略) 
「同じフォーマットで作られたものの『差』を楽しむ」、これが日本の食文化の根底にあるのです。

言われてみれば、なるほど~と思います。考えてもみませんでした。 

レジャバ大使はそこから地域限定品のお菓子、期間限定の特売品なども日本だけの商習慣だと指摘し、スーパーの特売はまるでイベントだと驚きます。 

多くのスーパーでは、チラシでもっとも目玉にしている特売品は原価割れしていて、売れば売るほど赤字になるものが少なくありません。(略)いわば宣伝費として特売はあります。お客さんはお店に来て、特売品のついでに他のものを買ってくれればいいわけです。

しかしそれがわかってもなお、そもそもたった1日のセールのためにデザインを凝ったチラシをわざわざ作って地域全体に配るのが当たり前になっているのが凄まじいことだと驚きます。ジョージアにはまず、スーパーがチラシで宣伝するという発想がありません。
(略)
日本人は「今だけ」しか食べられないもの、「今だけ」安いものをイベント化して買うのが好きなのだと思います。それに合わせて小売店側も「売り方」に強いこだわりを持って臨むのが、日本の特徴だと言えます。

こういう気付きにつながる文章が随所に出てくるのです。 

歓送迎会は価値ある行為

もうひとつ紹介しましょう。歓送迎会です。 

私が大好きな日本の習慣が歓送迎会です。会社であれば異動や離任、学校でも誰かが転校するタイミングには絶対にやりますよね。日本人は一期一会を大事にしますが、その感覚がよく現れています。
(略)
特に別れのときに色紙にみんなからの気持ち、メッセージを書いて手渡すのがすばらしい。ほかにも手紙を読み上げたり、手作りのプレゼントを渡したり、その人が好きな食べものをいっしょに食べたりしますよね。日本人は奥ゆかしい人が多く、普段の生活の中ではお互いの気持ちを汲み取り合ってはいても、意外と実際に言葉にすることが少ないでしょう。けれども、送別会のときには去りゆく人のことをいかに大切に想っていたのかを表現し、感謝の言葉を伝えます。

しかし、このような習慣は「外国には必ずしも存在しません」とレジャバ大使は書きます。 

私がジョージア外務省に着任してからキッコーマンとの違いを感じたのが、歓迎会がなかったことによる一抹の寂しさです。自分が着任したときも、あるいは誰かが異動や離任したときにも、ジョージアでは歓送迎会をしません。ジョージア人の人間関係が希薄なわけではありません。むしろ人と人の付き合いを重んじる社会です。にもかかわらず歓送迎会文化がないのです。私は着任した際に歓迎会がなかったことで、正直に言うと「これからうまくやっていけるかな」と心細く感じました。 

レジャバ大使は日本語をネイティブなみに駆使できるのに、キッコーマンの企業文化になじめず途中退社します。 

私がキッコーマンを退社してジョージアに帰国するころは、仕事についていけずに精神的にやられて辞めようと思った部分もあり、心細くてつらい時期でした。けれども友だちが門出をお祝いする送別会を企画してくれて、大勢の友だちが集まり、作ってくれたビデオにはその場に来られなかったたくさんの知人も登場し、みんながあたたかいメッセージを贈ってくれたのです。「ジョージアに帰ってもがんばれよ」「君にはこういう良いところがあるから、絶対にうまくいくよ」と。その言葉がどれほど私にとって救いになり、その後の心の支えになったことか。 

レジャバ大使は言います。 

日本のみなさんにとっては『よくある風景』のひとつに感じているでしょう。しかし歓送迎会は非常に価値ある行為なのです。 

もちろん、本書には日本の奇異なところへの苦言も出てきます。細かすぎる文字化されてないルールや、過剰とも言える同調圧力などは典型例でしょう。そういう部分を含めて、日本人が知らない日本のことを気づかせてくれる本です。 

お弁当というすばらしい文化

最後に、レジャバ大使の奥様、アナ夫人がはじめたお弁当のことも紹介させてください。 

私は「女性なのだから旦那の食事を作れ」と思っているわけではありません。しかし私はアレルギーが多いこともあって毎食に気を遣わなければならず、また、日常的な家事はお手伝いさんにやっていただいていて妻は時間の融通がきくこともあり、ある日「たまにはお昼ごはんを作ってもたせてくれてもいいんじゃない?」と漏らしてしまいました。それを聞いた妻は当然ながら良い気分はしなかったようで、1週間ほどケンカになりました。が、最終的には妻が「わかった」と言い、サイズの異なるタッパーに料理を入れたものを3、4日続けて持たせてくれました。 

決してそれに不満があったわけではありませんが、「日本にはお弁当というすばらしい文化がある」と私は伝えました。逆に言えばジョージアには箱の中にさまざまな料理をきれいに詰め、持ち運んで食べるという食文化がありません。おそらく日本以外の多くの国ではそうでしょう。 

レジャバ大使の言葉(「日本にはお弁当というすばらしい文化がある」)をヒントに、アナ夫人はお弁当作りにはまっていき、はては「曲げわっぱ」まで買ってくるまでに…。

いまやインスタグラムでお弁当の発信をするまでになったアナ夫人の文章も載っています。 

私は空のタッパーを返したときの不満そうな夫の顔を思い浮かべながら、近くのショッピングセンターへと足を運びました。これまで子供用のランチボックスは見たことがありますが、大人用の弁当箱は未知のものでした。(略)

店員に早速お弁当箱について相談したところ、お弁当箱だけでなく、「風呂敷」についても教わりました。その女性は「お弁当を作るなら風呂敷も必要だよ」と言うのです。「風呂敷?」と私の中で戸惑いが膨らんでいきます。風呂敷なるものを、私は見たことも聞いたこともなかったのです。この日は、私と風呂敷のファーストコンタクトでした。

その女性はこぢんまりとしたきれいな手を用いて、風呂敷のかけ方を私にレクチャーしてくれました。日本人はお弁当にさまざまな料理を少しずつ詰め、箱のふたを閉じ、中身が漏れないように、また持ち運びをしやすいように風呂敷という一枚の布で包むのです。なるほど、とても面白い。
(略)
お弁当作りを始めた当初は、小分けの使い捨てカップをよく使っていたけれども、そのやり方は「曲げわっぱ」のお弁当箱を父の日に夫にプレゼントしてからやめました。曲げわっぱはそのままであまりに美しく、余計なものを入れないほうがきれいに仕上がるからです。
(略)
私は、夫がお弁当を開けたときに、どんなに忙しくても家族のことを思い出してもらいたいと思っています。お弁当は「家の一部」なのです。お弁当箱を風呂敷で包むと、家の形に似ているでしょう?

お弁当は「家の一部」ーー。なんとすてきな言葉でしょうか。教わることが多い良書です。 

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(さかきかずひこ) 

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