浅田次郎『プリズンホテル』あらすじと感想|笑えて泣ける極道たちの傑作小説

浅田次郎『プリズンホテル』あらすじと感想|笑えて泣ける極道たちの傑作小説

浅田次郎氏の『プリズンホテル』は、ヤクザ専用の温泉ホテルを舞台に、一癖も二癖もある登場人物たちが織り成す笑いと涙の人情劇です。奇想天外な設定でありながら、不器用な人々への温かい眼差しと、人間の本質を突いたドラマが多くの読者の心を捉え続けています。本記事では、本作の魅力的なあらすじや、登場人物たちが繰り広げるせつなくも温かい名シーンの数々をご紹介します。(2024.2.6)

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極道たちが集う風変わりな温泉ホテルの設定

浅田次郎氏の『プリズンホテル』は全4冊からなりますが、第1巻『プリズンホテル1 夏』(集英社文庫)のあらすじを紹介しましょう。 

極道小説で売れっ子になった木戸孝之介の身内で、ヤクザの大親分の仲蔵が、温泉リゾートホテルのオーナーになった。招待された孝之介は驚いた。なんとそのホテルは任侠団体専用だったのだ。人はそれを「プリズンホテル」と呼ぶ。さまざまな人たちがこのホテルで交差する。熱血ホテルマン、天才シェフ、心中志願の一家などなど、奇妙な人々が繰り広げる、涙と笑いの物語。シリーズ第一作。 

ヤクザの親分がオーナーの任侠団体専用のホテルーーという設定だけ聞いても、きっと笑えるストーリーだな…と想像がつくでしょう。その通りです。 

新任支配人が目にしたホテルのおかしさ

例えば、あらすじに出てくる「熱血ホテルマン」--オーナーがヤクザとは露知らず、支配人として赴任した花沢一馬がホテルに到着する場面です。 

「副支配人はおるかね、花沢だが」 
「少々お待ちください」、とフロントマンは答えた。囁き合う声がかすかに聴こえた。 
「副支配人って、誰だっけ……ああそうか、カシラのことだな」

現れたのは、後頭部に傷跡が刻まれた熊のような巨体の男。黒田と名乗る男に「キミが……ここの副支配人?」と聞くと、低い声で、 

「へい、そのお役目、仰せつかっておりやす」 

「副支配人なんぞと呼ばれやしても、ごらんのとおりの不調法者、おそれいりやす。どうか番頭とお心得下せえやし」 

花沢が従業員一同に挨拶したいと伝えると、「面通し、でございやすね」 

(田舎だ)と、花沢は思った。 
かつてどこの赴任先でも体験することのなかった強度のカルチャー・ショックが襲ってきた。 
ホテルを掌握するためには、まずこの奇妙な習俗と戦わねばなるまい。聞くに堪えない方言にも慣れなければならない。

花沢支配人のズレた感覚が笑いを誘います。 

ホテル内で交錯するヤクザたちの専門用語

花沢が風呂がえりの酔客とすれ違う場面も紹介しましょう。 

「おや、お客様。どうぞ、どうぞ」 
男たちは一列に並んで腰をかがめ、緊張した面もちで目を伏せた。 
「とんでもねえ。どうぞお先に」 
先頭の一人がサッと掌を伸ばした。もちろんそうして通路を譲り合うほどの狭い階段ではない。 
(田舎だ) 
もういちど痛切に思った。

団体客(関東桜会大曾根一家御一行様)への黒田の態度を見かねて、花沢が注意をすると、 

「いけませんぜ。大曾根とうちじゃ、代紋は同じでも分がちがうんで。支配人ともあろうお人が、そうそう気やすく名刺なんぞ出しちゃいけません。 
「キミ、なにを言ってるんだね。いいかげんにしたまえ」

次々と巻き起こる予測不能なトラブルと混乱

「おいてめえら、こちらがこんど、うちのオヤジさんの肝いりでホテルを仕切ることになった支配人さんだ。挨拶しとけよ」 
呆然とする花沢に向かって、客たちは大声で挨拶をした。 
(客に向かって、てめえ、だと? いったいどうなってるんだ。まるで主客転倒じゃないか) 
再び強烈なカルチャー・ショックが支配人を襲った。この山奥のホテルでは、どうやら接客の常識はなにひとつ通用しないらしい。 
(アセるな……アセッてはならない。そうだ、基本からひとつずつ……)

こんな感じが続くので、「プリズンホテル」がコメディタッチの小説であることは疑いを容れません。 

それぞれの事情を抱えて訪れる訳ありの宿泊客

だったらなぜ、泣けるのか。泣かされるのか。 

そこにこそ、「プリズンホテル」の魅力は、凝縮して詰まっていると言えるでしょう。 

心中を決意した家族5人が最期の思い出にホテルにやってきます。 

ビルメンテナンスの会社を細々と経営していた小田島は、売り上げの八割を依存するビルから経費節減を理由に取引を停止され、同時期に連帯保証人になっていた商売仲間が倒産して莫大な債務保証を押しつけられ、高利の町金融に手を出してどうにもならなくなった。 

長女は腎臓に障害があって透析が必要で、小田島が自殺をほのめかすと、妻も心中することを選んだ。 

「もうあんな痛い思いはしなくていいんだ。苦労しちゃったなあ、おまえも」 
小田島は娘の小さな顔を抱いた。歯をくいしばって苦しい透析に耐える娘の顔が思い起こされた。 
「おとうさんが、治してやるからな」 
そう言ってから、自分の言葉の暗い手ざわりに、小田島は慄えた。 
「おとうさん」、と娘は甘えるように顔を上げ、黒い涙を流す父の瞼を指で拭った。体は弱いが、聡明な子供であった。 
「痛くしないでね。苦しむの、いやだよ」

死地に山中を選び、車で分け入ったところにホテルを見つけた。 

「おい、おかあさん。温泉に入らないか」 
「……温泉って、あなた……」 
「なあに、どうせ金なんかいらないんだ。うまい物を腹一杯食って、体をきれいにして、それからだって遅くはないだろう」 
(略) 
ワーイ、と子供たちは躍り上がった。妻は赤ン坊を抱いたまま、夜空に高々と翔け上がった満月を見上げた。 
「ーーそうですねえ、おとうさん。私たち今まで人に迷惑をかけたことなんて、一度もなかったもんね」

不器用な男たちが差し伸べる救いの手と人情

ボロボロの姿の家族連れをみて、花沢はフロント担当にささやいた。 

「いっけんしてワケアリに見える深夜の客は、断る。これは当直フロントマンの鉄則です」 

だが、フロントマンは抗弁した。 

「ワケアリを断っていたら、ここの客なんてひとりもいやしませんぜ」 

「第一おれたち従業員がベーシックじゃねえもんなあ。執行猶予中とか仮釈放中とか、回状が回ってるヤツとか、借金だらけのクスブリとか……」 

副支配人の黒田を呼ぶと、黒田もこう言った。 

「支配人さん、ここはひとつ、あっしに任せちゃもらえやせんか」 

「いざとなっても、支配人さんに後かたづけはさせやしません」 

黒田が小田島一家を通したのは「富士見の間」--前の支配人が一家心中した部屋だった。 

「物語の結末に漂う温かい余韻と再生への願い

小田島一家の泊まる部屋で心霊現象が起きて、除霊しようと花沢とシェフが乗り込むと、後から部屋に入った板長が花沢たちに声をかけた。 

「このホテルのことを、いろいろと考えて下さるのはありがてえ。だが、除霊ってのはなんだか切なくはないですか」 

先代の時代を知る板長は、霊となって現れた元支配人に話しかける。 

「ねえ旦那さん、今度の支配人も、コックさんも、そそっかしいけどこの通り悪い人じゃないんですよ。一生懸命にホテルを良くしようって、考えていなさる。あの木戸会長が呼んだ人たちだもの、悪い人なはずはありませんや」 

板長の話を聞きながら、小田島が「身につまされる」とつぶやき、妻が泣きだす。

ホテルのオーナーとなった木戸仲蔵について、板長は、元支配人一家の心中後に目撃した場面を打ち明ける。 

「ある晩、見たんです。離れに夜食を運んだらね、木戸さんが坊ちゃんとお嬢ちゃんの小さな骨壺を抱いてね、許してくれろ、勘弁してくれろって、さめざめと泣いてらっしゃるじゃないですか。にじり口から黙って見ておりましたら、会長はそれから骨壺のフタを開けましてね、いったい何をなさったと思います?」 

それも知っているというふうに、主人の霊は頭を抱えてすすり泣いた。息をつめて聞き入る人々を見渡して、板長は続けた。 

「骨を、食べてらしたんで。それも、仇討ちを誓うなんて、そんなヤクザなふうじゃなかった。ポリポリと骨をかじりながら、ひとこと、こうおっしゃったんで。オレと一緒に、アイス食おうな、ってーーあたしはその時、思ったですよ。こういうのを、任侠っていうんだって。あの方は、忠次みたいな人です」 

そして、板長は明るい声でこう続けた。 

「ささ、今日は先代ゆずりの鮎会席にいたしましたよ。女将さんも坊ちゃんもお嬢ちゃんも、たんと召し上がってください」 

「ねえ、旦那さん、成仏するなんてかてえことはおっしゃらずに、ずっとここにいらして下さいな」 

ジェントルゴースト・ストーリー(優霊物語)と言えば浅田次郎ーーと言われますが、この鮎会席のシーンは、まさに浅田氏の面目躍如と言える名場面です。 

『プリズンホテル』は全4巻。2巻目以降も笑って泣ける小説ですが、この物語世界に入るためにも、まずは第1巻『夏』から手に取ってみてください。 

気持ちよく笑って泣きたいーー。そんな方におすすめです。 

(しみずのぼる) 

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