きょうは阿部智里氏の和製ファンタジー〈八咫烏〉(やたがらす)シリーズから、シリーズ4作目の「空棺の烏」を紹介します。誰もが好きな”学園もの”で、主人公の雪哉の仲間や好敵手が登場し、物語世界が一気に広がりを見せるエポックとなる小説です(2023.11.29)
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必ず「主を選ばない」から読んで
「空棺の烏」のことは、荻原規子氏の「西の善き魔女」シリーズ第2作目「秘密の花園」を書いた時から、「八咫烏シリーズなら『空棺の烏』だよな」と思い定めて再読していました。
ただ、再読して痛感したのは、本書は途中から読むのは適さない!という点でした。小野不由美氏の「十二国記」で、エピソード3「東の海神 西の滄海」を勧めたようにはいかないのです。
八咫烏シリーズについては、NHKのアニメ化発表の時にこう書きました。
阿部智里氏の傑作和製ファンタジー「八咫烏」シリーズをNHKがアニメ化するそうです。タイトルは「烏(からす)は主(あるじ)を選ばない」。このニュースをみて「なるほどそうきたか」と驚きをもって受け止め、「でも、それが正しいかも…」と納得した八咫烏ファンは少なくないでしょう。
(略)
というのも、八咫烏シリーズの第1部は、雪哉が事実上の主人公と言ってよい存在だからなのです。
(略)
「烏は主を選ばない」以降は、物語が大きく動き出す「黄金の烏」と「空棺の烏」、そして第1部の最終巻である「弥栄の烏」まで、一貫して雪哉が主人公であり、とにかくかっこいい存在なのです。第1部まで読めば、八咫烏シリーズの登場人物でファン投票をすればぶっちぎりトップは雪哉でしょう。
八咫烏シリーズは何から読むか
そもそも「八咫烏」シリーズの公式サイト自身も、メーンの絵柄はどうみても雪哉です。
上のユーチューブ動画を見ても、物語が大きく動き出すのはシリーズ3作目の「黄金の烏」からなので、いくら”学園もの”でも「空棺の烏」から読んでは???の場面が出てきてしまいます。
ですから、きょう紹介する「空棺の烏」を読む場合は、少なくともシリーズ2作目の「烏は主を選ばない」と3作目の「黄金の烏」は、必ず先に読んでおくようにしてください。
「空棺」は傑出の学園もの
にもかかわらず、「空棺の烏」をオススメするのは、これが傑出した”学園もの”だからです。
ハリー・ポッターがいい例でしょうが、主人公が仲間と出会い、敵役とも出会う……そんな展開になるのが”学園もの”の定法です。「西の善き魔女」シリーズの「秘密の花園」も、ここでその後の冒険行を共にする少女が登場しますし、前の記事で書いた生徒役員たちはその後何度も(コミカルなかたちで)登場します。
「空棺の烏」の舞台となるのは「勁草院」ーー近衛隊「山内(やまうち)衆」の養成所です。
山神(やまがみ)さまによって開かれた山内の地をつかさどる族長一家の長が金烏(きんう)で、その近習となったのが雪哉です。前作「黄金の烏」で山内最大の危機が出来し、雪哉は山内の防衛には仲間が必要と感じ、近習や北家の貴族出身といった出自を隠して、一生徒として「勁草院」入りします。
そこで、山烏(=庶民)出身で相部屋となる茂丸(しげまる)、西家の貴族出身の明留(あける)、北家で関係のあった一年先輩の市柳(いちりゅう)、誰とも交わろうとしない孤高の千早(ちはや)らと知り合います。彼らはその後も”名脇役”として八咫烏の物語に彩りを添えていきます。
”学園もの”ですから、嫌な先輩も登場します。夏家の貴族出身の公近(きみちか)で、千早を召使同然に使おうとする場面を紹介しましょう。
「もう一度言うぞ、千早。俺の膳を、今すぐ、片付けろ」
「断る」
「何故だ!」
「理由がない」
「先輩命令だと言っているだろう。何でもいいから、お前は俺の言うことを聞け!」
こういういじめも”学園もの”の定番ですが、そこに絡んでくるのが雪哉です。
「おーっと、足が滑った!」
公近の後頭部に、焼き茄子と冷麦の味噌汁が、盛大にぶつまけられる。
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「あらら、ごめんなさい。でも、先輩がこんな場所でぼさーっとされているのも悪いんですよ。他の草牙(=2年生のこと)はとっくに自分で膳を片付けてお帰りになったのに、ここで何をなさっているんです?」
激昂する公近に茂丸が割って入る。
「ままま、落ち着いて下せえ、先輩。こいつに悪気はなかったんです。ほら、実技の授業後で疲れていて、足元がおぼつかなかっただけで。なあ、雪哉」
公近が自分の兄が実力者だと凄むと、雪哉が言い返す。
「それにしても、そんな簡単にお兄さまの権威を持ち出すなんて、後輩をいじめるにしても芸がないですねぇ」
「下賤の者が、知った風な口をききやがって!」
ここで今度は雪哉も目をみはるほど、茂丸が色を成して言い返すーー。
「ちょっと待って下せえ」
「先輩が、後輩の生意気に耐えかねてっつうならまだ分かります。でも、身分を持ち出されたんじゃ、黙っているわけにはいかねえや」
「生まれで馬鹿にされたんじゃ、俺達はここに来た意味がねえ。俺達はあんたの身分にへつらうつもりもねえし、身分によって、あんたに馬鹿にされる筋合いもねえよ!」
うーん、かっこいいですね! 雪哉が茂丸に絶対的な友情と信頼の気持ちを抱くようになったのも、そのために雪哉のその後の人格形成に大きな影響を及ぼすことになるのも、とてもよくわかります。
好敵手・翠寛との盤上訓練
”学園もの”ですから、教官にも敵と味方それぞれ出てきます。
特に好敵手とも言える翠寛(すいかん)が、雪哉を指名して「盤上訓練」(英語で言えばWar Game、日本語に直せば机上作戦演習)で、完膚なきまでに叩きのめします。
「これが実戦であったならば、お前の首は飛んでいるな」
「先ほど言った通り、お前の戦術案は読ませてもらった」
「その上で言わせてもらう。確かにお前は優秀だ。だが同時に、答案の全てに驕りが見えた。よくもまあ、峰入り前からこんな荒唐無稽を考えるものだが、こんなものは作戦とは言わない」
「何でも自分の思い通りになるなどと勘違いするな、小僧。己の分をわきまえず、目上の者に対する尊敬の念がないから、そういう醜態をさらす羽目になるのだ」
このあと翠寛と雪哉の次の場面になります。
身の程を知るがいいと言い捨てた翠寛に、雪哉は目を眇(すが)めた。
「……今の俺達には、口を開く資格などないと?」
「ああ。特に貴様はな」
雪哉を見た翠寛の目は、とても教官が院生に向けるものとは思えなかった。
「私のやり方に不満あらば、一度でも私に勝ってから文句を言いたまえ」
いかがですか。まさに”学園もの”でしょう?
もちろん主人公は雪哉ですから、「空棺の烏」の後半は翠寛と雪哉の再度の対決シーンーー「盤上訓練」のリベンジ戦となるのですが、これはぜひ本書を手に取ってお確かめください。
でも、くどいようですが、その前に「烏は主を選ばない」と「黄金の烏」は必ず読んでおいてくださいね。
(しみずのぼる)
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