きょう紹介するのは、ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画「イミテーション・ゲーム」(原題:The Imitation Game)です。日本版の副題は「エニグマと天才数学者の秘密」。イギリスでナチス・ドイツの暗号機械「エニグマ」の解読を主導した数学者アラン・チューリングを取り上げた映画です。史実にとても忠実で、その結末(史実どおり)は涙なしに観られませんでした(2023.11.25)
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映画のあらすじを紹介しましょう。
第二次世界大戦時、ドイツ軍が誇った世界最強の暗号<エニグマ>。
世界の運命は、解読不可能と言われた暗号に挑んだ、一人の天才数学者アラン・チューリングに託された。
英国政府が50年以上隠し続けた、一人の天才の真実の物語。時代に翻弄された男の秘密と数奇な人生とは―?!
映画は、チューリングの「戦後」と「戦中」の物語が交錯しながら進みます。
「戦中」の物語は、世界最強の暗号「エニグマ」の解読のため、イギリス政府の暗号解読班がバッキンガムシャーのブレッチレー・パークに集められ、その解読のために集められたひとりがチューリングだった。
チューリングは
マシンに対抗できるのは
マシンしかないのでは?
と言って、「ボンブ」と呼ばれる巨大な装置を作り、「エニグマ」の解読を成功させる。
一方の「戦後」の物語は、チューリングの家が空き巣に入られ、捜査の過程でチューリングが同性愛者であることが明るみになる。イギリスでは当時、同性愛は犯罪行為だった。
サイモン・シン「暗号解読」
チューリングのことは、わたしは科学ライターのサイモン・シンが書いたノンフィクション「暗号解読」(上下、新潮文庫)を読んでいたので、チューリングの悲劇的結末を含めて知っていました。
文字を入れ換える。表を使う。古代ギリシャの昔から、人は秘密を守るため暗号を考案してはそれを破ってきた。密書を解読され処刑された女王。莫大な宝をいまも守る謎の暗号文。鉄仮面の正体を記した文書の解読秘話……。カエサル暗号から未来の量子暗号に到る暗号の進化史を、『フェルマーの最終定理』の著者が豊富なエピソードとともに描き出す。知的興奮に満ちた、天才たちのドラマ!
それでも、「イミテーション・ゲーム」は、史実をかなり正確に再現して描いていたので、そのことにまず驚きました。
クロスワードで新人採用
例えば、暗号解読のメンバーをクロスワードで募集した場面が出てきますが、これも史実どおりです。「暗号解読」からその部分を引用しましょう。
政府暗号班は新人を登用するために『デイリー・テレグラフ』紙に匿名で投書し、このクロスワードを十二分以内に解ける者はいるかと新聞の読者に呼びかけたこともあった。
(略)
回答を寄せた二十五人の読者がフリート街に呼ばれ、クロスワードのテストを受けた。そのうち制限時間内にクロスワードを完成させた者が五名、十二分が経過した時点であと一語を残すのみとなっていた者が一名いた。数週間後、この六人は情報部の面接を受け、ブレッチレー・パークの暗号解読班として採用された。
「暗号解読」は、『デイリー・テレグラフ』紙に掲載されたクロスワードそのものも載せています。
チャーチルに直訴状
そのほか、チャーチル首相が暗号班を訪ねてきたのも史実どおりなら、チューリングらがチャーチル宛てに直訴状を出したのも史実どおりです。これも該当部分を引用しましょう。
何人かの暗号解読者と会ったチャーチルは、かくも価値ある情報を提供してくれているのが、なんとも異様な面々であることに驚かされた。そこには数学者や言語学者のみならず、焼き物の名人、元プラハ美術館の学芸員、全英チェス大会のチャンピオン、トランプのブリッジの名人などがいたからである。
(略)
「八方手を尽くせとは言ったが、ここまで文字通りやるとはな」そうは言ったものの、チャーチルは寄せ集めのこの集団が大いに気に入り、彼らを「金の卵を生む、鳴かないガチョウたち」と呼んだ。
チューリングはそれまでにも、ボンブの性能を最大限に引き出すためにはさらにスタッフが必要だと訴えていたが、その要求は責任者のエドワード・トラヴィス中佐によって握りつぶされていた。
(略)
そこで一九四一年十月二十一日、暗号解読者たちはトラヴィスの頭越しに、直接チャーチルに手紙を書くという行動に出た。
(略)
チャーチルはためらうことなくこの要請に応えた。彼はすぐさま主席参謀将校に次の覚え書きを渡したのである。本日中に行動のこと
彼らが求めるものをすべて最優先で与え、この件が遂行されたことを私に報告すべし。
戦後も長らく秘密扱い
しかし、戦争を勝利に導くことに多大な貢献のあったチューリングらの業績は、戦後長らく伏せられたままでした。
ブレッチレーの業績は、戦後も厳重に機密にされた。この戦争中に首尾良く暗号を解読したイギリスは、戦後も引き続き情報作戦を行いたいと考え、その優れた解読能力を世界に示すことには後ろ向きだったのだ。それどころかイギリスは、何千台ものエニグマ機を入手し、それらをかつての植民地だった地域に配給したのである。植民地の人々は、ドイツ人同様、その暗号は安全だと信じ込んでいた。イギリスはこの誤解を正そうとはせず、長年にわたって秘密通信を日常的に解読していたのである。
戦争を勝利に導いた影の英雄たちは、長らく「影」のままを強いられました。そのことも、チューリングにとって不幸なことでした。
同性愛が違法の時代
アラン・チューリングもまた、世間の認知を待たずに死んだ暗号解読者の一人だった。英雄として歓呼されるどころか、チューリングは同性愛者として迫害を受けたのである。一九五二年、自宅に強盗が入ったと警察に届け出たとき、チューリングはうかつにも自分が同性愛者であることを漏らしてしまった。警察は一も二もなく彼を逮捕し、「刑法一八八五年改正法第十一条に違反する重大な猥褻行為」の罪に問うた。裁判のようすや有罪の判決は新聞ネタとなり、チューリングは公に辱めを受けた。
なお、同性愛を違法としていたのはイギリスだけではないようです。きのう紹介した映画「TOVE」のパンフレットを見ると、次のようなくだりがあります。
フィンランドでは、1864年に制定された刑法において同性愛は精神疾患として指定されるだけでなく犯罪とされており、最大で懲役2年の実刑判決が課されていた。
「暗号解読」に、こんなくだりが出てきます。
「幸いにも当局は、チューリングが同性愛者だということを知らなかった。もし知っていたら、われわれは戦争に負けていただろう」
そんな時代の愚かさも知ったうえで「イミテーション・ゲーム」を観ると、チューリングの栄光と悲劇がいっそう胸に迫ってきます。
(しみずのぼる)
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