きょうも前回に続いて荻原規子氏の「西の善き魔女」シリーズの紹介で、第2作目「秘密の花園」です。誰もが好きな”学園もの”と呼べるジャンルですが、陰謀渦巻く女学校の怖さと言ったらもう……。ミステリーの要素あり、BL・GLの要素あり、何でもありの展開に胸躍ります(2023.11.13)
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映画化・実写化・アニメ化で話題のマンガを読める 【Amebaマンガ】女学校へ行くんですか?
前作「セラフィールドの少女」の終盤、陰謀に巻き込まれたルーンを救出するべくフィリエルは、ロウランド家に助力を求めたことがきっかけで、ロウランド伯爵から、アデイルが女王になれるように力を貸すよう求められます。
この”取引”により、アデイルがそれまで通っていた全寮制の女子修道院附属学校に編入し、貴族にふさわしい素養を学ぶことになります。
「女学校?」
フィリエルは思わず叫んでしまった。寝耳に水の、あまりにも思いがけない通告だった。
「あたしがーーこのあたしが、女学校へ行くんですか?」
「トーラスは伝統ある女子教育校だ。この国のおもだった貴族の娘は、多かれ少なかれトーラスの学舎で一時期をすごす。そこでの学友関係は、公家の女性たちにとって、そのままハイラグリオンの王宮内にもちこされるのだと聞く。君には、学んでくることが山ほどあるはずだよ」
二晩徹夜で書き上げたのよ
ロウランド伯爵の一言でフィリエルがトーラス女学校に行くことになったことを喜んだのはアデイルだった。出発の日、アデイルから厚みのある紙束を渡された。
「あなたのためにしてあげられることは、あまりないのだけれど。でも、せめてこれを、トーラスへもっていってもらおうと思って。二晩徹夜で書き上げたのよ」
渡されたのは小説だった。「ユーシスお兄様と、数奇な運命をもつ黒髪の少年が織りなす、波瀾万丈の恋物語」で、新しい文芸部長に渡すよう言いつかった。
生徒会の思わぬ”洗礼”
ところが、女学校に着くなり、フィリエルは生徒会役員と名乗る美少女3人から、思わぬ”洗礼”を受けた。
「ちょっとよろしいかしら。そこのあなた、今日編入していらしたかたでしょう」
「わたくしたちは生徒会役員です。新しく入られたあなたには、生徒会規約をおわたししなければなりません。今の時間、生徒会室へ来ていただけますか」
3人に連れられて部屋に入ると、思い切り突き飛ばされ、ドアに鍵をかけられた。思わず抗議すると、細長い杖を鼻先に突き付けられた。
「おまえが貴族でないことは、隠したって知れている。お言い、だれに仕えるために、こんな半端な時分に入学してきたのかを」
部屋も勝手に入られ、下着を届けに来た下級生もいた。「まあ、生意気。これ、縁取りが本物のレース編みよ」
「どうやら、召使いにははけない下着をもってきたようだな、編入生」
「だから、召使いではありません。だれにも仕えていないわ。それを返して。もう証明できたでしょう?」
「たしかに、よくわかった」
剣を持つ娘は無気味に静かに言った。
「不相応な身じたくに、召使いの中身。そういう人物が何を示すか、わたくしたちはよく心得ている。おまえはこのトーラスへ、なんらかの魂胆をもって送り込まれた者だ。だれかに仕える召使いではなく、もっとさげすむべきものだ。そういう者を、わたくしたちは犬と呼んでいる」
(略)
「強情に白状しようとしないのも、犬のもつ特徴だ。だが、犬とわかれば、それなりに対処の法がある。トーラスを甘くみるなよ、編入生。今後一切、おまえと口をきく生徒はいないから、そう思え」
女学校内で幅をきかせていたのは、アデイルと女王の座を争うアデイルの実姉レアンドラだった。生徒会役員の少女3人もレアンドラ派で、アデイルと親しかった文芸部の生徒たちは影を潜めていた。
襲われるフィリエル
しかし、夏至祭の日、フィリエルと誰も口を聞かない学園生活が一変させる事件が起きた。演劇の最中に電気が消え、それは起こった。
だれかがフィリエルにつかみかかり、思い切り手すりに打ち当てた。痛さに息をつまらせたとき、みしりと大きな音がした。
(壊れる)
体がそう感じた。錬鉄の手すりがはずれかかっているのだ。逃れようとすると、もう一度突き飛ばされた。目がくらみそうになったが、落ちたくなければその暇はない。
無我夢中で柱に手を伸ばし、体をひねった。その瞬間に、だれかが飛ぶような勢いで壊れかけた手すりに体当たりした。石膏の端が砕け、錬鉄の格子が宙に浮く。
フィリエルは、自分がかろうじてとどまったことに気づいた。目の前の手すりがぼっかりと抜け落ちている。そしてーーそして、かなりたってと思われること、階下の石だたみをうがつ耳障りな激しい音と、もっとこもった重たげな音が響いた。
フィリエルを襲った生徒ーー生徒会が夏至祭の期間中の監視役としてフィリエルにつけた下級生ーーが転落死したのだった。
審問官役の少女現る
生徒の転落死事件の後、審問官役の少女がフィリエルの部屋を訪れた。
フィリエルが「あなたがたが、新しい編入生があの子を突き落としたのだろうと、はじめから決めてかかっているのなら、話し合いはむだだと思います」と言うと、その少女は答えた。
「生徒会がそのように収めたがっていること、あなたもご承知なのね。だからこそ、彼女たちにまかせられませんでしたのよ」
その少女はヴィンセントと名乗り、文芸部長を務めていると告げた。
「ヴィンセント?」
聞き覚えに気がついて、フィリエルは不思議そうに言った。
「それならわたくし、あなたによろしく言われてきたのだったわ」
「どなたに?」
「……ああ、そうだ」
今になってフィリエルは、手提げカバンに押しこんだままだったアデイルの小説のことを思い出した。
アデイルの小説に興奮
フィリエルがアデイルの小説の紙束をヴィンセントに渡すと、ヴィンセントはページをめくったとたん、みるみる顔を真っ赤にして、後ろに控える後輩2人に叫んだ。
「ちょっと、あなたたち。大変よ。これ、エヴァンジェリンの作品よ。彼女の自筆。しかも新作!」
(略)
後輩たちは原稿をのぞきこむと、奇声をあげて踊り出すし、ヴィンセントは息もたえだえの様子だ。少しして、文芸部長はようやくフィリエルに問いかけた。
「こんな決定的なものを持っていながら、どうして今まで隠して言わなかったの……」
エヴァンジェリンはアデイルのペンネームだった。
「これで情況は一変するのよ。わたくしたち、今後はあたりはばからずにあなたの味方です」と言うヴィンセントたちに、フィリエルは「あなたがたの派閥争いの力にはならないわ。これから学長に言って、退学の手続きをとるところなの」と返した。
派遣された思わぬ”援軍”
しかし、フィリエルは退学を思いとどまった。転落死事件の報を聞いたロウランド家から”援軍”が派遣されたからだった。
ひとりは村の同級生マリエ、そしてもうひとりは、
一目でかつらとわかる長い黒髪。切り下げた前髪の下に、万年変わらぬしかめっ面。紺色のドレスを着て不機嫌そうに歩いているのは、見まちがえようもない博士の弟子ーー灰色の目をしたルーンだった。
ルーンの”参戦”で、陰謀渦巻く秘密の花園はいよいよクライマックスに向けて錐もみ状態になっていくのですが、紹介はここまでにしておきましょう。
ただ最後に、文芸部の面々を興奮のるつぼに陥れたアデイルの新作について。写本に回すまでに3回連続で読んだというヴィンセントの嘆息を引用しましょう。
「あれが出回れば、学校内に、またしばらく妄想が一人歩きするでしょうよ。ねえ、背の高い赤毛の主人公についてはだいたい察しがつくのだけれど、もう一人の主人公も、実在の人物なのかしら」
このアデイルの小説はラストシーンにも絡んできます。どんなふうに絡むかは、ぜひ「秘密の花園」を手にとってお確かめください。
(しみずのぼる)
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