続けて紹介してきた凪良ゆうさんの小説は、いったんきょうが最後となります。最後に紹介するのは「滅びの前のシャングリラ」。小惑星が1か月後に地球に衝突することが明らかになり、社会システムが急速に壊れていく中で、ひとつの家族がはじめて手にする幸せを描いた小説です(2023.10.2)
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スクールカーストの底辺
「滅びの前のシャングリラ」(中央公論新社、2020年)は次のようなあらすじです。

「明日死ねたら楽なのにとずっと夢見ていた。なのに最期の最期になって、もう少し生きてみてもよかったと思っている」一ヶ月後、小惑星が地球に衝突する。滅亡を前に荒廃していく世界の中で「人生をうまく生きられなかった」四人が、最期の時までをどう過ごすのか――。
「滅びの前のシャングリラ」も連作短編集ですが、最初の3編ーー「シャングリラ」「パーフェクトワールド」「エルドラド」ーーはひとつの家族の物語を、息子、父親、母親の視点で描いたものです。
「シャングリラ」の主人公、友樹はスクールカーストで底辺にいる高校生。同級生からパシリをさせられ、おもちゃのようにいじられる存在。
もがこうがあがこうが、神の摂理のように、ぼくは下の階層から抜け出せない。さらに恐ろしいのは、おそらくこの法則は社会に出ても継続されるだろうこと。
ーーぼくは一生、搾取される羊として生きていくんだろうな。
友樹には初恋の人がいた。藤森雪絵。スクールカーストの頂点に立つ美少女だが、周囲に知られていない鬱屈を抱えていた。小学生の時、家族に内緒で東京へ行こうとした場面に友樹は遭遇し、それが恋心のはじまりとなった。
そんな中、小惑星が1か月後に地球に衝突することが明らかになる。学校は休校となり、女手ひとつで友樹を育てた元ヤンキーの母親の職場も休業になった。
初恋の子を守りたい
雪絵が好きな女性シンガーのコンサートに行きたいと東京へ向かうという。友樹は彼女を見守るため東京へ向かうことを母親に打ち明ける。
「こんなときに、なにしに」
「友達がどうしても東京に行くって言ってて」
「女か」
断定され、ぼくは顔を熱くした。
「ふうん、おまえ、彼女いたんだ」
「彼女じゃないよ」
「片思いか」
やはり断定で、もう耳まで熱くなった。
母親はよせととめた。「テレビでアメリカの暴動見ただろ。東京もすぐそうなる。わかってるのか」「殺されるかもしれないんだぞ」
それでも友樹の決意が変わらないと知ると、包丁を渡した。
「友樹、よく聞け。おまえははっきり言って激弱だ。襲撃されたら迷わず逃げろ。やばくなっても素手でやり合うな。凶器を出せ。殺されるくらいなら、殺してでも生き延びろ」
略奪, 自殺, レイプ, 殺人…
道中で繰り広げられる略奪、自殺、レイプ、殺人……。母親の言うとおり、ほどなく東京もアメリカはじめ世界中の都市と同じように荒廃していく。
そんな殺伐としたなか、友樹は雪絵をレイプから助けたことで一緒に行動するようになり、さらに途中から母親、死んだと聞かされていた父親も合流。滅びゆく世界を4人で行動することになった。
滅亡の日は大阪で
母親の視点で描かれる「エルドラド」で、雪絵が行きたがった女性シンガーのライブは滅亡の日に大阪で開催することがSNSで発信された。
「……行きたいな」
雪絵ちゃんが言った。一ヶ月後なんて街はもうむちゃくちゃだろう。
「じゃあ、ぼくも行く」
すかさず友樹が言い、あたしはふうっと息を吐いた。
「じゃあ、あたしも行くとするか」
ふたりがこちらを見たので、当たり前だろうとあたしは言った。
「みんな平等に残り一ヶ月しかないんだ。雪絵ちゃんはライブに行きたい、友樹は雪絵ちゃんを守りたい、あたしは友樹といたい。それぞれやりたいように動けばいい」
(略)
「お母さん、ありがとう」
「おばさん、ありがとう」
ふたりがハモり、あたしは満面の笑みを浮かべた。友樹は好きな子を守り、親も大事にできる逞しく優しい子に育ったのだ。そして同じように人の心を思いやれる子を好きになった。
暴力団の下っ端ですぐに暴力に走るだけの元夫も「じゃあ、俺も行くか」と言った。大阪に移動してからは、蕎麦屋の夫婦が殺されて空き家になった家にこもって、4人の共同生活がはじまった。
はじめての3時のおやつ
「なんか最近のお母さん、『お母さん』みたいだね」
「うん?」
「三時のおやつだって」
おかしそうに笑って友樹は裏庭へ出ていった。十七歳の友樹の背中を見送りながら、赤ちゃんだったころ、幼児だったころ、小学生だったころ、中学生だったころの友樹を思い出した。
ーー『お母さん』みたいだね。
そうだね、いまさらだねと泣き笑いを浮かべた。あたしはいつも仕事で忙しく、ほとんど友樹のそばにいてやれなかった。友樹はいつも誰もいないアパートの部屋に帰ってきて、あたしの帰りを待っていた。三時のおやつなんて、一度も作ってやったことがなかった。
ーー遅くなったけど、間に合ってよかったよ。
人類滅亡によって手にした幸せーー。その意味するところは強烈です。
学校という社会のヒエラルヒー。いじめる者、いじめられる者……。
社会に出ても変わらない。運送会社で汗水たらして働いても、母子ふたりの生活はぎりぎり。搾取する者、搾取される者……。
社会からはみ出ても変わらない。暴力団の世界で兄貴分からいいように利用される父親……。
彼らは人類滅亡という事態で、社会が壊れてはじめて幸せを得る。ということは、彼らを不幸にしていたのは、いまある社会そのものだーーということになります。
うっすら死にたい
滅亡まで残り10日のタイミングで、母親から「おまえは怖くないのか」と聞かれた友樹は「怖いに決まってる」と言った後、こう続ける。
「でもこうなる前の世界より、ぼくはずっと自分が好きなんだ。前の世界は平和だったけど、いつもうっすら死にたいって思ってた」
シャングリラ、パーフェクトワールド、エルドラドーーどれも理想郷を表す言葉です。
いまある社会システムが壊れてはじめて手にする幸せを描いた小説ーーそれが「滅びの前のシャングリラ」です。
本屋大賞2作と映画
最後に、本屋大賞を受賞した「流浪の月」(創元文芸文庫)と「汝、星のごとく」(講談社)もあらすじだけ紹介しましょう。

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説(「流浪の月」)


ーーわたしは愛する男のために人生を誤りたい。風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語(「汝、星のごとく」)
連続して紹介してきた凪良ゆうさんの小説ーー「神さまのビオトープ」、「すみれ荘ファミリア」、「わたしの美しい庭」、「滅びの前のシャングリラ」、本屋大賞受賞の2作ーーの計6作、どれから読んでもよいので、ぜひ手にとってみてください。また、「流浪の月」の映画もぜひ観てください。
どれも、とても深く考えさせられる傑作です。
(しみずのぼる)
凪良ゆうのお勧め小説はこちらをご覧ください。
・悲しい幸せを描く:凪良ゆう「神さまのビオトープ」
・愛が招く不幸を描く:凪良ゆう「すみれ荘ファミリア」
・余計なお世話の毒を描く:凪良ゆう「わたしの美しい庭」
・社会が壊れて得る幸せ:凪良ゆう「滅びの前のシャングリラ」
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