凪良ゆう氏の『すみれ荘ファミリア』は、穏やかな共同生活の裏に隠された複雑な人間模様を描いたミステリー要素を持つ小説です。凪良さんが描く世界は、単なる美談に留まらず、時にエゴイスティックで醜悪とも言える「愛の多面性」を浮き彫りにします。本記事では、作中で描かれる「歪んだ愛」の本質や、手放せない関係性の謎について、あらすじを交えながらレビューします。(2023.9.29)
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共同生活の裏に潜むミステリー小説としての魅力
『すみれ荘ファミリア』(講談社、2018年)のあらすじを背表紙から紹介します。

下宿すみれ荘の管理人を務める一悟は、気心知れた入居者たちと慎ましやかな日々を送っていた。そこに、芥と名乗る小説家の男が引っ越してくる。彼は幼いころに生き別れた弟のようだが、なぜか正体を明かさない。真っ直ぐで言葉を飾らない芥と時を過ごすうち、周囲の人々の秘密と思わぬ一面が露わになっていく。愛は毒か、それとも救いか。
このあらすじを読んでもわかるように、『すみれ荘ファミリア』はミステリー小説でもあります。
短いプロローグとエピローグにはさまれる形で、
- たゆたえども沈まず 美寿々の告白
- アンダーカレント 隼人の告白
- 名前のない毒 青子の告白
- イマジナリー 央二の告白
- 不条理な天秤 母の告白
と題する5つの短編で構成されています。
和久井一悟が管理人を務めるすみれ荘の入居者ーー美寿々、隼人、青子の「秘密と思わぬ一面」ーー特にもっとも古株の青子の「秘密」が露わになるあたりから、あらすじの書く「愛は毒か」という側面が浮き彫りになってきます。そして、一悟にとって最大の謎である芥、実の弟である央二と母の謎が明かされていきます。
作中で描かれる「ひとりよがりの愛」が持つ醜悪さ
ですから、間違いなくミステリー小説でもあるわけですが、各短編で作者が”告発”するのは、ひとりよがりな「世間の常識」なるものを他人に押しつける醜悪さです。
重いPMS(月経前症候群)に苦しむ美寿々のことを、居酒屋の二代目主人がこう言い切ります。
「女の子って、いつも熱あるっぽいとか食欲ないとか言うじゃないか。あれはもっとわたしに優しくしてほしい、構ってほしいっていうアピールだから、男の包容力次第で女の子は変わるんだよ。不調の原因はあのヒモ男なんじゃないか?」
主人が席を離れたところで、芥は一悟にぼそりと言う。
「あの人、自分のこと優しい男だと思ってるんだね」
二代目主人は、美寿々と美寿々の付き合っている青年の前で、ついに独善的な持論を口にします。
「一般的な話をすると、結婚するなら俺みたいなタイプがオススメなんだよ。小なりとも一国一城の主だし、身体が弱いなら会社も辞めて家庭に入れてあげられる。まあ少しは店を手伝ってほしいけど、体調が悪いときは家事と俺の世話だけしてくれればいい」
(略)
「自分で言うのもなんだけど、優しいってよく言われるね」
「そのわりに体調悪いあたしに家事と自分の世話させるんでしょう?」
「うん?」
「さっき言いましたよね。『体調悪いときは家事と俺の世話だけしてくれればいい』とかなんとか。それで『俺は優しい』と思ってるんですか?」
二代目は問いの意味がわからないと言いたげに目を見開いた。
「自分は優しいつもりの、実際は支配欲の塊みたいなあなたみたいな男、今までにもたくさん出会ってきました。あたしは月の半分ボロ布みたいになるんですよ。おしゃれどころか、土気色のスッピンでくたばってるし、体調も機嫌も最悪で、そりゃあもうひどいもんです。会社行くのに精一杯で、食欲も落ちて、見かねた和久井さんがお弁当を作ってくれるレベルなんですよ。自分の世話すらできないのに、家のこと、ましてやあなたのお世話なんてできるわけないでしょう。そんな結婚、想像するだけゾッとするわ」
そこからはマシンガンを撃ちまくるような勢いだった。
こういう二代目のような男ーーひとりよがりに世間の常識なるものを自己に都合よく曲解して、他人に押しつけるような男にはなりたくないな…と思うと同時に、そういう世間の常識なるものに何度も不快な気持ちをさせられてきた女性は少なくないのだろうな…と思ってしまいます。
物語が急展開する青子の告白以降は、ネタバレになってしまうので紹介は控えますが、ストーリーの合間合間で、美寿々のマシンガントークのような、社会通念や世間の常識なるものに対する”告発”が織り込まれるのが、凪良さんの小説の特徴と言えるでしょう。
歪みを受け入れ「欠陥品の愛」を手放せない理由
物語の終盤で、芥ーー央二がつぶやきます。
「神さまは人にとって無駄なものは与えないって牧師さまは言ったけど、こう次々トラブルが起きるなんて、そもそも人って欠陥品なんじゃないかな」
芥の言葉を聞いて、一悟は思う。
愛ゆえに子を捨て、愛ゆえに子を虐待し、愛ゆえに夫を刺し、愛ゆえに毒を盛り、愛ゆえに無理心中を図り、愛ゆえに火をつける。毎日、毎日、世界中で愛ゆえのトラブルが起き続けている。
けれどもそんな欠陥品である愛を、自分はどうしても手放せない。これまでもこれからも愛ゆえの間違いを重ねていくだろう。愚かだと思う。思うけれどーー。
『神さまのビオトープ』が悲しい幸せを描いているなら、『すみれ荘ファミリア』は愛が招く不幸を描いた小説のように思います。
(しみずのぼる)
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