きょうは森田芳光監督が1995年に製作した映画(ハル)を紹介します。インターネットを介して始まる恋愛映画で有名なのは、トム・ハンクスとメグ・ライアンが主演の「ユー・ガット・メール」(原題:You’ve Got Mail)でしょうが、1998年製作。ハリウッドより3年も早く(ハル)をつくった森田監督に脱帽です(2023.9.7)
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最初に(ハル)がつくられた当時のインターネット環境について書きましょう。デジタル・ネイティブの人たちにとっては化石時代のことでしょうから。
インターネットを通じてコミュニケーションを取るーーということが、日本で普及し出したのは1990年代半ばからで、当時は「パソコン通信」と呼ばれていました。
特にニフティサーブの「フォーラム」が果たした役割は非常に大きかったように思います。フォーラムとは、テーマ別にわけられたコミュニティの単位を差し、同じ趣味の仲間が匿名のハンドルネームを使って情報交換したり、盛り上がったりする交流の場です。
映画(ハル)は、映画愛好の人たちが集う映画フォーラムを通じて知り合った、ハンドルネームが(ほし)と(ハル)の恋愛ストーリーです。
(ハル) こんばんは
(日劇) こんばんわ>ハル
(台風) おーこんばんわ>ハル
(ほし) こんばんわ>ハル
(ハル) 僕、初めてなんですヨロシク
(日劇) ハルはどんな映画好きなの?
パソコン通信ではみんな匿名のハンドルネームで、誰かにあてたものは「>」をつけて……。
初めてのメール
匿名でメールの交換もできます。(ハル)に最初にメールをしたのは(ほし)でした。
題名「初めてのメール」
メールでは初めまして……映画フォーラムの(ほし)です。字幕などのユニークな意見、面白かった。まだパソコン通信を始めたばかりのようですね。始めは慣れない事も多いし、みんなが勝手な事を言っているので嫌になるかもしれないけど、我慢してつき合った方が良いよ。色々な人の考え方が僕には勉強になります。顔や形が分からないので気が楽ですよ。
(ハル)が返信します。
題名「わからないこと」
メールありがとう。励みになります。ところで前から疑問に思っていたのですが、みんなの会話の途中に時々出てくる顔のようなマークのような物は何ですか?
(ハル)が訊ねたのは (^-^) のことでした。
(^-^)(^-^)(^-^)
(日劇) 「忘れたお荷物」は台詞がおかしかった
(台風) もー笑わないぞ、と思っても駄目
(ハル) 僕も(^-^)(^-^)(^-^)でした
(ほし) 僕も(^-^)でしたよ
(ビンゴ)そんなにー?
(日劇) ラストはもっと落としてほしかった
(ビンゴ)そうでしょマルクス兄弟が泣きますよ
(日劇) マルクス兄弟が出てくる?
(ハル) (^-^)(^-^)(^-^)
(日劇) わかって笑ってるのか?>ハル
(ほし) (^-^)
(台風) ほしとハルがおかしいぞ
こうして(ほし)と(ハル)は映画フォーラムから徐々に足が遠のき、ふたりのメール交換が交流の中心になっていきます。
この調子で紹介していたらいつまでも進まないのでここで切り上げますが、パソコン通信による交流というものを少しでも実感してほしくて、くわしく書きました。
このころに青春だった人たちにはひたすら懐かしく(モデムの「ピー、ギャー」という音が懐かしいという人もいます)、いまの人たちからしたら「なんとウブな……」と思うような、そんなネット黎明期の恋愛ストーリーなのです。
深津絵里と内野聖陽
あらすじをDVDの背表紙から紹介しましょう。
恋人を亡くし、恋愛を拒否し続けた女(ほし/深津絵里)と、恋人と別れ自分を見失いかけていた男(ハル/内野聖陽)。遠く離れた場所に住む2人は、パソコン通信で出会い、一度も顔を合わせることなく、お互いを理解しあい、支えあい、そして恋に落ちる……。やがて、期待と不安の入り交じった気持ちを胸に”「はじめまして」(^-^)”と出会うまでの軌跡。
深津絵里さんはこのあとフジテレビのドラマ「踊る大捜査線」シリーズでブレイクしますが、驚きなのが内野聖陽さん。TBSドラマ「JIN」の坂本龍馬役の印象が強すぎて、同じ役者さんには見えません。
メールが1通届いています
フォーラムでは男性としてふるまっていた(ほし)が、実は岩手に住む女性であることは早い時点で知らされますが、ふたりはそれぞれ別の異性との出会いを報告しあったり……。
それでも、いつしか本当の気持ちを打ち明けられる存在にお互いがなっていき、仕事に疲れて帰宅すれば、パソコンをまず起動して、
ーメールが1通届いていますー
の文字があるとうれしくて、しだいに相手がかけがえのない存在になっていきます。
(ハル)が盛岡に出張したときは新幹線の車窓ごしに赤いハンカチを振る(ほし)の姿を見て、お互いの姿をビデオに撮って歓びあったり……。
そんなふたりなのに、ある”出来事”がきっかけで、(ほし)からの連絡が途絶えます。
題名「考えてみました」
ほしのことは、あの新幹線から撮った映像でしか容姿は分かりません。でも、今まで何十回というメール交換の中で、僕は、ほしのことを何度も考え、自分なりに想像をして、自分の(ほし)を作っていました。ある時は嘘、ある時は正直なメールだったかもしれません。
でも、僕はその時、その時が楽しかった。嘘であっても正直であっても、僕にはほしのメールであればよかったのです。
メールの存在、ほしの存在が、僕にとって毎日の支えでした。
あなた宛のメールはありません
このメールを最後に、(ハル)からの連絡も途絶えます。
ーあなた宛のメールはありませんー
帰宅してパソコンを起動しても、この文面が繰り返される毎日。(ほし)はメールの受信簿を見返します。
「こんばんわ」「映画の話のオカゲ」「自信を持たなきゃ」……「趣味について」「酒でも飲もう」「雨が降り出して」……「僕も?」「妙な出来事」「明日は前橋」……「タイ料理は?」「久しぶりにRT」「渋滞して」……「ある意見」「疲れた」「落ちてます」……「何としても」「別れてから」「間違って」……「時間をつくる」「彼女かな?」「不思議に」……「せんたく物が」「駅名、僕も」「旅の気分」……
画面をスクロールしてゆくメールはすべてハルからのものだ。
(略)
……たしかに自分は(ハル)の顔も声も知らない。けれど、パソコンと電話回線を通じて彼と知り合ってから、父や妹などの家族や他の友人たちの誰よりも多く言葉を交わしたのは(ハル)だったのだという事実をあらためてかみしめてみる。
引用は原作森田芳光/ノベライズ丹後達臣「(ハル)」扶桑文庫より
映画のキャッチコピーは
まだ見ぬあなたに、恋してる。
です。とても大好きな映画です。
boy meets girl
なお、この映画の最終盤に流れる「boy meets girl」という曲がとてもいいのですが、サントラ盤もいまでは入手困難でしょうから、映画で確認してください。新幹線が東京駅に到着するまでに流れる曲です。
(しみずのぼる)
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