きょう紹介するのは、トム・ゴドウィン「冷たい方程式」(原題:The Cold Equations)です。あまりに有名なSF短編で多くの方が紹介文を残しているので、少し憚られるのですが、今回記事を書くにあたって本棚から引っ張り出して来たら”思わぬ発見”があり、それならわたしも一文書いてもいいかと思い改めました(2023.7.14)
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目次
名アンソロジーが収録作を大幅に入れ替えて「新版」刊行
わたしが本棚から引っ張り出してきたのは、「冷たい方程式」を収めた同タイトルのSFアンソロジー集です。ハヤカワ文庫SFの一冊で、1980年発行のものです。
”思わぬ発見”というのは、2011年に同じハヤカワ文庫SFで『冷たい方程式』の新版が出ていたのですが、こちらは旧版と収録作品が大幅に入れ替わっていたのです。
『冷たい方程式』旧版 『冷たい方程式』新版
旧版と重なるのは「冷たい方程式」と他1篇だけで、新たに収録された7篇の中に、先日紹介したウォルター・テヴィスの「ふるさと遠く」が入っていたのです!
「ふるさと遠く」を紹介した以前の記事で「古本を探して読んでほしい」と書きましたが、なんと今は『冷たい方程式』で読めるわけです。いい時代になったものです。
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逃げ場のない宇宙船という密室|「方程式」が導き出す残酷な回答
さて、前置きが長くなりましたが、「冷たい方程式」です。
ハヤカワ文庫SFの背表紙の説明(旧版・新版とも同じ文章です)が、簡潔にして必要な要素をすべて盛り込んでいます。
ただ一人の乗員を目的地まで届ける片道分の燃料しかない緊急発進艇に密航者がいたとしたら、パイロットの取るべき行動は一つーー船外放棄だ! だがそれが美しい娘で、たった一人の兄に会いたさに密航したのだとしたら?
なんて残酷な設定でしょう。密航者を発見した緊急発進艇(EDS)のパイロットのうろたえぶりがうかがえる場面を引用しましょう(引用は旧版です)
「兄に会いたくて密航したのです。まだほんの子供で…」
通信機から、デルハート船長のぶあいそうなどら声が流れた。「緊急事態とは何だ?」
「密航者です」彼は答えた。
「密航者?」ききかえすその声には、かすかな驚きがあった。「それは珍しいーーだが、なぜ”緊急”事態なのだ? 手遅れにならないうちに見つけたのだから目立つ危険はないわけだし、近親者に通告できるよう船の記録にも情報はいれたのだろう?」
「それで第一にお呼びしたのです。密航者はまだ艇内におります。事情が事情なわけですからーー」
「事情?」船長はさえぎった。その声にはいらだちがあらわれていた。「どこが異例なのだ? 燃料に限りがあるのはわかっているじゃないか。それに規則のことも、わたし同様きみは知っている。”EDS内で発見された密航者は、発見と同時に直ちに艇外に遺棄すること”だ」
娘が大きく息を吸い込む音が聞こえた。「それはどういうこと?」
「密航者は若い女なのです」
「なんだって?」
「兄に会いたくて密航したのです。まだほんの子供で、自分が何をしでかしたのかわかっていません」
しかし、逃げ場のない緊急発進艇という密室の中、この子を救えるいかなる方法もない。
パイロットも船長も必死に避け得る方法を考え、それでも見つからないことを知り、彼女も〈船外放棄=死〉を受け入れていく。
兄と通じる無線交信|「兄さんに会いたかったの。会いたかったから…」
そして、船外遺棄まで残された時間、そのぎりぎりの時に、彼女が会いたいと思っていた兄との無線交信が通じる。ここはもう、涙なしには読めません。
本当は、一番いい場面を紹介するのは禁じ手かもしれないけれど、一部分だけ引用するのをお許しください。
ふいに命令するように、呼出しブザーがさえぎった。
「ゲリイ!」彼女は立ち上がった。「ゲリイだわ!」
彼はボリューム調節のつまみをひねると、たずねた。「ゲリイ・クロスか?」
「そうだ」彼女の兄は答えた。その声には、緊張している様子がうかがわれる。「悪いニュースかーーなんだ?」
すぐうしろで、通信機のほうに体を傾け、彼の方に小さな冷たい手を置いていた彼女が答えた。
「ヘロー、ゲリイ」声は微かに震えているが、計算されたなにげなさを裏切るほどではなかった。
「マリリン!」彼女に伝わってくるその声に、突然ゾッとするような不安な響きが入った。「EDSでいったい何をしている?」
「兄さんに会いたかったの」彼女はもう一度いった。「会いたかったらから、この船に隠れてーー」
「隠れた?」
「わたしは密航者よ……それがどんなことなのか知らなかったのーー」
「マリリン!」それは、すでに彼の手から永遠に去ってしまった人を求める、男の悲痛と絶望の叫びだった。「いったい、なんてことをしたんだ!」
続きは『冷たい方程式』の新版を実際に手にとって確認してください。
SF大家の言葉:今から2000年後…記念碑として後世に残したい
なお、訳者(伊藤典夫氏)あとがきで、新版になく旧版のみに掲載されているSF作家シオドア・スタージョンのコメントを最後に掲載しておきます。
「トム・ゴドウィンは、今から2000年後、大理石に刻まれて残るような名前ではないかもしれない。しかし、ただ一つ彼が書いた多くの佳作の中で、この「冷たい方程式」だけは、記念碑として後世に残しておきたい気がする」
(しみずのぼる)
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