きょうは絶版本の中から、せつなさ溢れるSFファンタジーの短編を紹介します。トム・リーミイの「サンディエゴ・ライトフット・スー」。魔法で運命の出会いを願った15歳の少女は、歳を重ねて40半ばになってから、15歳の少年と出会う。「15歳のわたしを見てほしい」ーーそんな願いからふたたび魔法を試みる。魔法がかなえた出会いとあまりにせつない結末を多くの人に味わってほしい…と強く復刊を願っている作品のひとつです。(2023.6.28)
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目次
サンリオSF文庫の一冊|「伝説の短編」「埋もれさせるには惜しい傑作」
かつて「サンリオSF文庫」という文庫シリーズがありました。牧眞司・大森望編『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)によると、1978年に創刊、サンリオが休刊を決めた1987年までの9年間に197冊が刊行されたそうです。
そのなかの一部作品(たとえばフィリップ・K・ディックの小説群)はハヤカワ文庫などから復刊されましたが、そうでない作品はサンリオSF文庫を古本で探して買い求めるしかないのが現状です。きょう紹介するのも、サンリオSF文庫の休刊とともに絶版となり、いまだ復刊されていない一冊です。
トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』(井辻朱美訳、1985年刊)で、『総解説』から大森望氏執筆の紹介文を引用します。
「サンディエゴ・ライトフット・スー」ーーこの題名には魔法の響きがある。〈F&SF誌〉1975年8月号に掲載され、76年のネビュラ賞ノヴェレット部門を受賞した本篇は、最初、〈SFマガジン〉77年9月号のネビュラ賞特集に伊藤典夫訳で掲載。同年11月4日、リーミイが原稿執筆中に心臓発作を起こし、タイプライターに突っ伏して亡くなったこともあって、たちまち伝説の短編となった。
(略)
本書は、その二編(=「サンディエゴ・ライトフット・ス」「デトワイラー・ボーイ」)を含む全十一篇から成る、トム・リーミイの最初にして最後の短編集(著者の短編小説は他に二篇しかない)
(略)
玉石混淆の感もあるが、本稿で詳しく触れた四篇は、埋もれさせるには惜しい傑作。新訳に期待したい。

「いつか王子様が」の気分だわ…魔法で運命の出会いを願う少女
表題作「サンディエゴ・ライトフット・スー」は、占い師の母を持つ15歳の少女スーが、本にはさまれていた古い羊皮紙を見つけ、いたずら心から、そこに記された魔法を試すところから始まります。傍らにはパンキンという名の猫。少女は願い事を思い浮かべて魔法を試みます。
「さあ、やるわよ」と猫に言う。「ライターで火をつけてもいいのかしら。死んだ蜂か何かの蝋でつくった黒いローソクなんかじゃなくて」
気持ちを落ちつけ、真剣になろうとしながら、彼女は、一人の男のこと、特定の誰かではなく、宿命の相手のことを考えた。「『いつの日か、私の王子様がやってくる』を歌っている白雪姫の気分だわ」と彼女は呟いた。そしてライターに火をつけ、紙の隅に炎をふれさせた。
紙はあっというまに明るく燃えあがったので、彼女は息をのんでとびすさった。(略)女は天井に、絨毯のように広がってゆく黒煙をちらとふりかえってから、目を丸くした猫を見た。突然どうにもとまらぬ笑いの発作に襲われると、彼女は窓じきいにくずおれた。「もどっておいでよ、パンキン」あえぎながら言った。「終わっちゃったわ」
この印象的な場面から、物語はいきなり30年後に飛びます。
夢見心地で魔法を試みた少女スーは、成人してアウトローの世界で娼婦として生きたこともあり、「サンディエゴ・ライトフット・スー」の綽名で呼ばれています(lightfootは「尻軽」を表すことばで、サンディエゴ出身の尻軽なスー、という意味です)
そして、スーが40代になり、年齢的にも娼婦の仕事では食べていけない…と趣味で絵を描き始めてしばらくした頃、母を亡くしてカンサスからロサンゼルスにバスに乗って出てきた15歳の少年ジョン・リーと出会うのです。
「愛があれば歳の差なんて」とは言うものの…
わたしが「サンディエゴ・ライトフット・スー」という風変わりな題名の小説を知ったのは、角川文庫から出ていたブックガイド本を読んだからでした。
ぼくらはカルチャー探偵団編『読書の快楽』シリーズのひとつで、『恋愛小説の快楽』(角川文庫、1990年刊)。そのなかの「ファンタジー&ホラーのラヴ・ロマンス」という章で紹介されていました。選者は風間賢二氏です。

風間氏の紹介文をそのまま引用します。
「愛があれば歳の差なんて」とはいうものの、相手の男性が十五歳で自分が四十五歳ともなると、やはり女心としては美しかった若い頃に戻りたいと願うのは当然のこと。『サンディエゴ・ライトフット・スー』は、こうした母と息子ほども年齢の離れた男女が魔法の力で出会い、そして魔法の力で悲劇的な結末を迎え、少年が大人へと成長していく物語だ。現代アメリカの風俗を横糸にマジック・リアリズムを紡ぎ出すトム・リーミイの代表作でもある。
内容はこの要約のとおりです。15歳の時に「いつか王子様」に出会いますように…と魔法で願い事をした45歳のスーが、無垢という表現がピッタリの15歳の少年ジョン・リーと出会い、ヌード画のモデルを頼んだところから物語は動き出します。
ヌード画のモデルを頼むスー、惹かれ合うふたり
彼は満ち足りた気分で椅子に座った。そしてにこりとした。
「何笑っているの?」スーが自分もほほえみながらたずねる。
「え? ううん、何でもないんです。ただ…とってもいい気分なんだ」そして彼はちょっとぎこちなく感じた。「あなた……その……絵はずうっと長いことやってらっしゃるんですか」「そうね、しばらくは趣味かな、真剣にやり始めたのはここ二年くらいね」彼女は奇妙な、苦い笑いを浮かべた。「遊び女も年とってきて、とりかえしのつかなくなる前に何か別の仕事を見つけなきゃってわけよ」
彼はスーの言う意味がわからなかった。「あなた、まだ若いじゃないですか」
「私、海岸で、メイフラワー号に石を投げたくらいよ」ため息まじりにスーは言った。「四十五よ」
「ええっ、僕は三十くらいだと思ってました」
彼女は笑った。そのハスキーな笑い声に彼はずきりとするものを感じた。「坊や、あんたの年ごろには、二十五と五十の間の女なんて同じように見えるものよ」
「でもあなたはきれいだと思う」と彼は言い、そのあと後悔したが、スーはにこっとしたのでほっと胸をなでおろした。
「ありがとう、子羊さん。あなたくらいの年のときの私を見てほしかったわ」スーは手を止め、思い出すように小首をかしげた。「十五のときの私をね」
絵の点描の場面も印象的です。
ジョン・リーは自身の姿がならべて画鋲にとめられているのを見た。「すごい」ゆっくり歩いてその列をたどって見る。みな自分の顔が描かれている。眼だけの絵もあった。笑っている眼、眠たげな眼、夢見るような眼、思いに沈んだ眼。口の絵もある。微笑する口、にっこりしている口、とがった口、もの思わしげな口。鼻も、耳も、その組合わせもあった。
少年に惹かれていくスーの気持ちが伝わってきませんか。
ふたたび魔法の力を頼るスー「15歳のときの私を見てほしかった」
先ほど紹介した風間氏の文章を思い出してください。「相手の男性が十五歳で自分が四十五歳ともなると、やはり女心としては美しかった若い頃に戻りたいと願うのは当然のこと」ーースーはジョン・リーにこんなふうに語りかけます。
「もし私が二十であなたが二十だったら……あなた二十になったら極めつきのスターになるわね、ジョン・リー」スーは突然笑い出し、また描きつづけた。「もし人間を若くしたり、年をとらせたりできるんなら、自分を十五にもどしたいな。五年もむだにしたくないもの」
スーは「自分を十五に戻したいな」と口にしながら、心は30年前、15歳の少女の時に魔法を試みたことを思い出しています。スーはふたたび魔法の力を頼ることを決意します。
そして、風間氏が「魔法の力で悲劇的な結末を迎え…」と書いているような展開となるのですが、引用はここまでにしておきます。
「十五歳のときの私を見てほしかった」ーースーがジョン・リーに宛てた走り書きに、わたしは不覚にも落涙しました。
(福武書店刊行予定)のアナウンスから35年…待ち望まれる復刊
冒頭紹介した大森氏の『総解説』の紹介文にあるとおり、トム・リーミイは1976年に「サンディエゴ・ライトフット・スー」がネビュラ賞を獲得した翌年の77年、42歳の若さでなくなりました。
『サンディエゴ・ライトフット・スー』に序文を寄せたハーラン・エリスンはこう書いています。
「神よ、これは正しいことではなかった。あまりにひどかった!」
なお、わたしが「サンディエゴ・ライトフット・スー」を知るきっかけとなった『恋愛小説の快楽』には(福武書店刊行予定)とあります。
『恋愛小説の快楽』は1990年刊行の本なので、かれこれ35年近くたちますが、いまだ出版されていません。心から復刊が待ち望まれます。
(しみずのぼる)
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